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ことばの社会心理学(第4版)

ことばの社会心理学

ことばの社会心理学

「語用論」的なことを社会心理学者が研究して本を書いてみました、という感じの本です。
第4版まで続いているということで、幅広いトピックを簡潔に、でも必要充分にまとめられている印象を受けました。
話し言葉を扱っているので例が簡単だし、特に言語学的なところに突っ込みすぎていないので、lionusでも苦しまず楽しく読めました(笑)。
特に面白いなあと感じたのは、「会話者の過信」や「ポライトネス」、「皮肉(irony)」の話題です。
「会話者の過信」とは、話し手が思っているよりも実は聞き手(受け手)には発話の意図(文意)は通っていない、ということです。
その背景として、以下2つが挙げられるとされています。つまりは、話者の自己中心的傾向ですよね。

p.31
透明性錯覚(illution of transparency)とは、自分の内心が実際以上に他者に知られている、と感じる傾向を指す。

p.31
知識の呪縛(curse of knowledge)は、ある事象に関連する知識を有しているひとは、知識がない他者が当該事象をどう見るかを判断する際に、自分の有している知識を棚上げにするのが難しいことを指す。

昔読んだKrugerら(2005)の研究が引用されていて、やっぱり、とニヤニヤしました。

「ポライトネス」とは、「丁寧さ」と訳されるが、日本語でいう「丁寧さ」には収まりきれない様々な対人配慮概念なのだそうです。
ポライトネスを考える際に重要な概念として「フェイス」があり、その名の通り日本語でいう「相手の顔を立てる」「相手の顔をつぶさない」的な感じもあるのかな?と読みながら思いました。
ポライトネスに関連して、日本語の敬語に類するものは他言語には見当たらない、と言われることがありますが、ポライトネスと日本語の敬語についても言及されています。日本語の敬語はポライトネス一般のちょっと特殊型と考えることもできるのかな?とも思いました。

「皮肉(irony)」については、

p.122
以下に紹介する議論の多くは、英語の"irony"についてのものである。日本語の日常語ではここで用いている「皮肉」が近いと思われる。ただし"irony"と「皮肉」は似ているが完全に同じではない。「皮肉」のほうが相手を攻撃するニュアンスがあるとする指摘もある(原口、1977;佐藤、1981)。以下に述べることは、「皮肉」、"irony"いずれにも適用可能な部分が多いと考えるが、この点には注意されたい。

へえ~そうなんだ~
本書では「皮肉」が成立する要件について色々書かれていますが、これらの知見を応用したら、今はやりの人工知能にも「皮肉」を言わせることができるのかな?と思ったり。