読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

対人援助の心理学(朝倉心理学講座 17)

対人援助の心理学 (17) (朝倉心理学講座 17)

対人援助の心理学 (17) (朝倉心理学講座 17)

これで朝倉心理学講座は全巻読めたはずです。
同じ朝倉書店で海保先生監修で,朝倉実践心理学講座もあるのですが,とりあえず一旦止めてまた別の”祭り”をしようかと思います。
さて「対人援助」とあることから,福祉系のお話が主体となるだろうと推測できるし,大体その通りです。
この中で,末期がん患者のケアに関する看護の先生の記述と,最後の援助行為における利己性と愛他性に関する社会心理学的研究の紹介が印象に残りました。
看護の先生(片岡純先生)が紹介されていた,ひとりの末期がん患者の事例:

  • 家族もおらず面会者もほとんどいない50代女性,乳がん全身骨転移,大腿骨骨折で寝たきりに;「死にたい」と一言B看護師に話し,その後ほとんど口をきかなくなった
  • B看護師→逃げ出したい気持ちを持った
  • しかしB看護師は踏みとどまって,突然骨折して動けなく→ショックで混乱?→落ち着いて思考を収束させる時間をとる必要があると考えた
  • 死にたいという思いにはあえて触れずに普段通りの態度で,日常生活を快適に過ごせるように(さりげなく)心を砕く

そして,ふとあるときに,

p.46
Aさんは空をみながら「生きたいとは思えないけれど,生きてみようかといまは思うのよ」とB看護師に話した。

p.47
看護師は自身の恐れを感じ取りながらも,未知の世界に踏み込んでAさんとのかかわりを始めた。このことは,看護師の関心が自分の感情ではなく,Aさんの感情にむけられたことを示す。Aさんへの対応がうまくいかないことで「私」が困るという自分の感情にとらわれるよりも,相手の感情に関心をむけ助けとなるような形でかかわろうとしたことは,ケアリングの提供者となるために不可欠な態度である専心を看護師が形成したことを意味する。この態度形成はAさんとの対人関係においてケアリングプロセスがはじまる起点となると考えられる。

ケアリングによる看護師の成長

p.36
がんの終末期にありながらも筆者を専門職としてそして1人の人間として成長させる力を持つ患者に対し畏敬の念を持ち,人間に対する理解と愛着が深められた。
ケアリングは看護師から患者に一方的に与えられるものではなく,ケアしケアされる関係性のなかで結果的に両者の成長がもたらされるという特徴がある。看護師の提供するケアリングは終末期がん患者の生きようとする力の強化をもたらし,ケアリングに対する終末期がん患者の反応は看護師を専門職として1人の人間として成長させる。看護師の専心を投影したかかわりを通して患者が成長することは,専門職としての自己の存在価値を看護師が認めるのを可能にする。すなわち,患者と看護師の対人関係におけるケアリングは互いに強化しあう作用を持ち,ケアしケアされるなかで両者の成長を伴ってらせん的に発展するプロセスだといえる。

一方,最終章の援助行為における利己性と愛他性に関する社会心理学的研究に関する記述から:

p.171
罪,恥,悲しみなどの場合は,ネガティブな感情を解消するために援助を行っているが,原則として自己イメージの回復という形をとると解釈できるだろう。

p.182
逃げられる状況・正当化できる状況・完全匿名の状況での援助も,「私的」な罪や恥を回避したいという動機によって行われた利己的なものでありうる。あるいは,別の可能性としては,ほかの誰も承諾しない援助をあえて引き受けることによって密かに自己評価の高まりを味わいたいということも否定できない(Sorrentino,1991)。

ああ・・・

こーいう内容が一冊の本に(筆者は違えど)共存している,というところは,心理学の心理学たるところではないかと思いました。