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私の日本地図9 瀬戸内海 III 周防大島

瀬戸内海III 周防大島 (私の日本地図 9)

瀬戸内海III 周防大島 (私の日本地図 9)

著者が生まれ育った「周防大島」の巻。しみじみと読めます。
島の景観=例えば禿げ山とかきちんと区割りされた段々畑とかミカン山とか,現在は過去の結果である,いいかえると,現在を見れば過去の島の人たちの営為(の痕跡)が分かるということです。
「あとがき」より:

p.270
ではなぜこの島が今日まで平穏無事できたかということは,一種の逆説的なものがあったからである。つまり,島は貧しくまた島の生産力だけでは島民の生活を維持することができなかったということから,実に多くの出稼者を当該に出した。そしてその送金が莫大の額にのぼった。それが家々の生活を安定させていた。平穏無事の理由はそこにあった。しかし最近は出稼ぎではなく離村になった。すると送金はずっと減ってきた。

p.271
とにかく本籍は郷里において離村している者がふえている。そして送金が少なくなれば,今日の島の生産力だけで成形を維持するのはむずかしくなる。そこで外へ出て金をもってくるのではなく,外から金を持った人をつれて来て生計をたてようと考えはじめたのである。その場合に平穏無事ではすまされなくなる。一番の理想は島の生産力を高め,また文化施設をどのように充実するかを考えることであろう。しかしそういうことを真剣に考えるよりは安易な道をえらぼうとする。が,そのことの中からは島民自体の生活の安定を見出すことは容易ではない。
今日の地域開発方式のほとんどは外部から資本を導入する。そのことによってそこにある古い秩序が破られる。古い秩序のやぶられるのがわるいことではないが,それによって生活の安定を失ってしまう。と同時にそこに久しく住んでいた者の発言が封じられてしまう。公害問題などそうしておこってきた。

p.272
誰にも訴えようのない被害が知らぬ間にわれわれの生活を圧しはじめている。無政府の社会なら止むを得ないであろうが,文化国家を自認する国の中においてのことである。文明は恩恵とともに大きな被害ももたらす。その被害を誰がうけるかをまず考えてみなければならない。そしていつまでも同じ轍を踏んではならないと思う。
私はこの書物の中では,この島の文化が如何にして如何なる努力によって築かれてきたかについて書いてきた。そういう努力すらが無に帰してしまう場合すらあり得る。それぞれの地方の文化はそこに住んでいるものが守らねば守りようのないものである。それが守られることによって新しい文化を迎え入れる力を生ずるのが真の文化的発展ではなかろうかと考える。文化の導入がふるさと喪失への満ちにつながるものであってはならないと思う。

あとがきの日付は昭和46年1月11日です。