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数理法務のすすめ

数理法務のすすめ

数理法務のすすめ

『数理法務概論』の訳者のひとりである,草野耕一先生が書かれた本です。
『数理法務概論』ではなるべく数式を出さないように書かれていましたが,本書はこれでもかこれでもかと数式が出てきます。
すでに,「まえがき」から強烈なカウンターパンチをかましてきます(笑)

法律学は長らく「文系」の学問として扱われてきた。そのために数理的技法を用いて法を語るもの(以下,「数理法務の徒」と呼ぶことにしよう)は斯界の異端者として好奇と懐疑の目に晒されてきた。やがて,数理法務の徒は,この世界を生き抜くためにある種の「処世術」を用いるようになった。「正義を数学で語ることは土台無理な話ですが」と前置きして自らを卑下し,「数学が分からなくても大丈夫です」といって数学嫌いな者たちに迎合し,ついには,数学者や経済学者の言説を紹介することで事足れりとして,彼らの知見と法律論との間隙を埋めようとする努力を怠るようになってきたのである。しかるに,私がハーバードの研究会で見たものは,そのような旧来のあり方と決別した新しい数理法務の徒の姿であった。彼らは,数理的分析こそが法律学のさらなる発展を期する最善の方法であることを確信し,それらの技法を究めることに情熱を傾ける者たちだったのである。
私は,彼らの志に共感し,その気持ちを一人でも多くの日本の法律家・法学生と共有したいと願った。本書は,その願いを胸に書きおろしたものである。

これまでのモヤモヤを晴らすように,数理法務の徒による数式の爆走が展開されます!(笑)
てか,ちゃんと説こうと思えば数式を出すしかないもんね。

しかし,一般的な法学の方が本書を読み通すことはかなり困難だと思われます。一応,仕事で「心理学統計法」などを講じている自分も,例えば統計分析のところでも,ああ難しい書き方をされておられるな~いや真面目に書いたらこうなっちゃうのは分かるんだけどさ~と思いつつ,統計分析以外の,例えば主観確率の章など,数式が多用されているところはページを繰って眺める程度で流してしまいました。
いやこれはしんどいです。
主観確率とかのことは,以前社会心理系の竹村和久先生による『行動意思決定論―経済行動の心理学』を呻吟しながら読み通したことがあり,まあ忘れちゃったけど一度頭の中にスジは通したからもういいや,と思ったので,本書では読めるところだけ読みました。

しかし,それでも色々と面白く十分な収穫がありました。そのひとつとして「非営利政策の必要性」です。
自分が以前ちょっとやっていた企業コンプライアンスに今までなかった角度の考え方を提供してくれるような気がします。
会社は株主価値を最大化するという基本規範のもとで動いている(動くべきである)。したがって,その基本規範がうまく機能しない事態があればそれを正すことが必要であり,わが国ではそのために様々な法制度を作っている*1
株主価値最大化という基本規範がうまく動いてゆくために様々な法律が作られているとすれば,法律を遵守していれば(=狭義の,文字通りの法令順守=コンプライアンス)それで全てオッケーじゃないか?
いやでも,法律が現実に追いつかない事態も考えられるわけで・・・そういう場合,会社のことを熟知している経営者が自発的に対策を講じた方がはるかに効率的に問題解決できるのではないのか?
で,ここでいう自発的な対策を,非営利政策,と呼ぶのだと本書で初めて知りました。
非営利政策には大きく分けて二つの方向性があるそうです。

  • ある事業をすることでマイナスの外部性(=公害など,他に迷惑かけている状態)が発生しているとしたら,その事業が利益プラスだとしてもやめる判断
  • その事業をすることで利益マイナス(赤字)だとしても,プラスの外部性が発生しているとしたら(伝統玩具の製作販売=日本文化の継承とか),その事業を続ける判断

これらの非営利政策は,広義のコンプライアンスに含まれると思います。
でも上記の2つとも株主価値最大化に反する可能性が高いですよね。さてどうするか,ということも本書に書かれています。その検討の結果も簡潔な数式にまとめられるところに落ち着いています。なるほどなるほど。

*1:例えば,独占禁止法とか。