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よくわかる人工知能 最先端の人だけが知っているディープラーニングのひみつ

「よくわかる」と題されているけれども,人工知能の仕組を知りたいという目的にはあまり適わないかな~結局私にはよくわからなかったです。
数式とか見たくないけれども,人工知能についてふわっと知りたいという一般人に向けた本のようです。
さらっと読むにはいい本だと思います。「最先端」とあるように,本書の賞味期限は非常に短いと思いますので,読むなら早めに。
自分的理解として,ディープラーニング(深層学習)とは,ニューラルネットワークを使った機械学習で,層がむっちゃ多くできるようになったので,学習用に整えたデータを放り込んでフィードバック(≒賞罰)を適当に与えればなんか賢くなったぞという感じ,つまり生き物(≒人間)相手の学習と似たような感じなのかな。
間違っていたら誰か教えてください(笑)。
本書の対談の中で,面白いと思ったのは,松尾豊先生と,前野隆司先生の章です。

まず松尾先生のところから:
松尾先生は,ディープラーニングにより賢くした人工知能の使い道として,人手に頼る部分が大きい農業とか建築作業への応用の可能性を示しています。
手を動かして作業する系のロボット技術というのは,自動車工場の溶接ロボットなど現在でも日本がかなりのアドバンテージを持っているところなので,なるほどかなり現実的だと思いました。

pp.49-50(農作業について)
間引きなんて,畳込みニューラルネットワークを使って認識さえできれば,十分に実現できるはずなのに,間引きを自動化しようってことはこれまでほとんど考えられてこなかった。技術がなかったので,できないと思いこんでしまっているわけです。
こういうところが,今後自動化できるようになるので,究極的には農業の作業のほとんどが自動化できるはずだと思っています。自動化すれば,たとえば日本の農業技術を機械に置き換えて海外に展開できますから,非常に大きな産業になるはずです。
最近僕は人工知能の産業化について,”情報路線”,”運動路線”という言い方をしてるんですが,グーグルとかフェイスブックみたいに,情報路線で人工知能を活用したすごく便利なwebサービスで攻めるのは,どうやっても勝てないんですよ。どう考えても英語圏の方が,ユーザーも多いですし,収集できるデータも多くて強いに決まっています。これまで検索エンジンでもソーシャル・ネットワークでもECでも,そしてソーシャルゲームでも,何度もチャレンジして苦戦してきましたから,日本がやって勝てるのかは疑問です。
ところが運動路線,つまりカメラによって画像認識するとか,物を動かすとか,こういう分野は日本企業が強い。もともとモノつくりが強いですし,モノづくりが強いのは,日本のさまざまな文化的な要因が関係していると思っています。そちらで戦ったほうが勝ち目があるのではないか。つまりディープラーニングとモノづくりを組み合わせた”眼を持った機械”で市場を取るということです。

人工知能にさせる作業そのものに熟練している人間=お手本がいないと成り立たないので,そういう熟練者を継続して確保する(熟練の技が継承されるようにする)システムも必要だよね。
それにしても,そうか,「運動路線」にも人工知能イケるっていうのは,『機械との競争』で読んだ,肉体労働系の一部の職業は機械に置き換えづらいという話を否定することになるのかな。
d.hatena.ne.jp

次に前野先生のところから:

p.186
ロボットの認知の研究をしていた当時から,自律分散システムとか,遺伝的アルゴリズムとか,ニューラルネットワークとか,要するに人が極めて計画的になにかをつくるんじゃなくて,場だけ与えておけば答えが出るっていう,今のディープラーニングの萌芽みたいなところに興味があったんです。

(茂木健一郎氏の「クオリア」は間違っている!と思ったことについて)
pp.186-187
当時は,それは間違っている,と思いました。そもそも自律分散的なもので脳は成り立っているはずだ,司令塔見たいなものがあると思うからものすごい謎のように思えるのであって,そもそも司令塔なんてないと思えばもともと謎なんかない,って直感して,本を書き始めた。その本を書いている中で,”受動意識仮説”を思いついたわけです。

p.191
僕も本に書きましたけど,まったく同じですよ。圧縮装置じゃなくて,並列を直列に変換する装置と描いた。並列的な情報だと覚えられないので,情報を直列化して,ストーリーとして覚えるための装置だと思っています。本当は,意識と無意識のあいだがあるので,完全な直列じゃないですけど。いずれにせよ,膨大なすべての並列情報を直列化できるわけがないから,もちろん圧縮ないし間引きをするわけです。

p.206
たとえば(意識は能動的だという仮説で)一番矛盾があるのは,茂木健一郎さんが「まだ解決できていない謎」と言っていること。要するに”意識”が司令塔だとすると,この司令塔はものすごく賢くなきゃいけない。部分,部分は賢くなくっていいっていうのが自律分散システムの説明だったのに,司令塔を置いた瞬間に,司令塔は,すべてを理解できなきゃいけないですから,そのためにはものすごく賢くなきゃいけないっていうことになってしまう。すると,今まで自律分散システムの役割分担,ということで説明できそうだったことが,ぜんぶひっくり返る。”意識”のところで大破綻しちゃうんですよね。この問題こそが,茂木さんが「まだ解決の糸口さえ見つかっていない謎だ」と言っている点です。だけど,"意識”も全部,受動的だったら,サブモジュールがやった結果を,ちょっと直列化というか,圧縮して,それを記憶に持っていくだけですから,全体把握システムではなく,単なる部分的サブモジュールに過ぎません。そうだとすると,作ることも容易に想像できますよね。

そうだよね。「”意識”がみつからないのは,いろんなところに薄~く分散してあるからですよ。(p.207)」っぽいことは,昔読んだなと思い出しました。
d.hatena.ne.jp