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精神分析から見た成人の自閉スペクトラム

精神分析」と「自閉スペクトラム」という組み合わせが,自分にとってはとても意外だったので,読んでみました。
なお本書ではADHDなど「発達障害」にも範囲を広げて事例等が所収されています。
なぜ,「精神分析」と「自閉スペクトラム」という組み合わせが意外かというと,

P.15
精神分析はまさしく間主観的/相互主体的やり取りができ,その世界に参入しているクライアントを想定して発達しており,そのような間主観性/相互主体性の世界に参入していないクライアントを十分想定してこなかったということである。

ということで,精神分析的やりとりにとてもじゃないけど自閉スペクトラム的な人は誘い込めないのではないかと思っていたからです。
実際,確かに,そういうやりとりに誘い込むのはなかなか困難である(フツーの精神分析心理療法では手ごたえがないとか,なかなか進展しないとかいう感じであらわれる)ことが示されます。
けれども,そういうやりとりができない人をそういうゲームに何とかして誘い込むこと自体に意義があるじゃないか!というのが,ざっくりいって本書の主張のように読みました。

ところで,本書「第Ⅲ部 成人例での臨床試験」の「第10章 1990年代前半の診断の混乱について」では幼女連続殺人事件の宮崎勤の精神鑑定についてふれていて,あれは「反応性精神病」でも「解離状態(多重人格)」でもなく,なんとなーくなんとなーく「高機能広汎性発達障害が関わる反社会的行動」だったのではないかと言いたいかのように読めました。