失敗の研究 巨大組織が崩れるとき

失敗の研究 巨大組織が崩れるとき

失敗の研究 巨大組織が崩れるとき

本書の「失敗」には組織不祥事だけでなく経営破綻なども含まれていたので、例えばベネッセのケースでは個人情報漏洩だけでなく、ベネッセの従来成功していたビジネスモデル(大量に名簿を集めDMで顧客を狙い撃ちする)の限界などの話も読めました。
記者さんらしく取材に基づいた事柄の整理が行き届いていて、非常に読みやすいのが印象的でした。
ケースの中では、代々木ゼミナールの事例の中の、高校生の行動パターンが変化してきているというくだりが非常に興味深かったです。

p.78
「今、勢いがある高校は、生徒同士が教え合って勉強する『団体戦』の手法を推し進めている。大教室で一方的に教える代ゼミの巨艦主義は、時代遅れになっている」
教育情報を手掛ける大学通信の常務取締役、安田賢治はそう分析する。得意な科目を互いに教え合う。他人を蹴落とすのではなく、クラスが一体となって、それぞれの志望校に合格するレベルまで助け合っていく。少子化で「大学全入時代」と言われる中、受験生のモチベーションを上げるには、仲間と刺激し合うことが重要だという。
「今の子供は、自宅にいたらゲームやラインで時間を潰してしまう。だから、友人とスターバックスに集まって勉強する。高校をそんな”場”に変えれば、教育効果が高まる」(安田)

本書では、「団体戦のはしり」と言われる学校とされる鷗友学園女子中学高等学校と、2006年に中高一貫校に転換した都立両国高校のケースを紹介しています。
詳しくは書籍を参照していただくとして、学校生活の中に巧みに教え教え合いする協働的な自律学習を”発生”させていくシステムを埋め込んでいるらしい様子に感銘を受けました*1
また、代ゼミの大教室巨艦主義に対し、東進ハイスクールの躍進を対照的に書いておられるところも印象的でした。

p.70
代ゼミは高校課程を修了した浪人生をベースにして、大学入試でミスをしない答案作りを念頭に置いて授業を組み立てている。一方、東進は高校生の学習ペースに合わせて、学力を積み上げていく授業を考案している」。関東地区の学習塾経営者は、両社の衛星授業を比較して、そう分析する。
東進衛星予備校が配信している授業は1万5000に上るが、毎年、3000~4000が更新される。受講状況のデータはリアルタイムで東進に送られている。それを、確認テストや模試の状況と合わせて解析している。受講しても成績が向上しない講座は廃止するか、授業を撮り直す。しかも、どこで生徒が理解しにくくなるのか、データを見ながら細かく分析している。
こうして、各科目で目標とする学力レベルまで、空いている時間に何度でも映像を見直して学習させる。

p.80
現代の高校生気質が、教育現場に変化をもたらしている。「その波に、東進(ハイスクール)の授業スタイルはうまく合っている」(安田)。同級生やクラブ活動の仲間と、自由に立ち寄って、受験勉強に取り組む「場」として機能するからだ。東進はそこにいち早く気付き、900校を超える地方の塾を、授業映像を中心とした「生徒たちの空間」にしていった。
その視点に立って見ると、教育現場の変化に対応せず、ライバルの後手に回り、大教室主義から抜けきれなかった代ゼミが一斉閉校に追い込まれたことは、当然の帰結だったのかもしれない。全国模試の廃止によって、これまで以上に高校や大学との接点が薄れていけば、今後も経営が迷走しかねない。

こういう”高校生気質”をもって大学に入学してくるとしたら、それをうまく活かせる方法を考えたいものです。

最後に著者は人口も所得も右肩上がりを前提とした大企業のやり方は終わりを迎えている旨述べた上で、大企業でも柔軟な組織体制で成果を出し続けている3Mのケースにふれ、さらに以下のように締めくくっています。

p.292
21世紀、巨大企業は極めて難解な設問を突きつけられている。正しい道を歩むには、大きなリスクが待ち受ける。そこから逃げるには、縮小解体か、あるいは不正しか選択肢はない。
多くの大企業は、リスクに挑戦すると言うだろう。ならば、巨大組織の利点を発揮できるように、社内の設備と資金を開放し、人材を縦横無尽に交流させ、失敗に寛容でなければならない。第Ⅱ部で見たような巨大組織の病を抱えた硬直的な組織のまま、目標だけを命じていれば、中間層は見て見ぬふりをして下に指示を投げ、最後は現場が追い込まれて、不正に手を染めることになる。現在の巨大企業が頻発している不祥事は、ほぼすべて、組織的な問題に端を発している。
繰り返しになるが、巨大企業を成長させること自体に、大きなリスクを伴う時代が到来した。その視点を欠いたまま、巨体を次なる目標に駆り立てる会社は、遠からぬうちに破綻や不正といった事件に巻き込まれることになるだろう。

*1:ただ、注意しないといけないのは、ただたまり場を作ってやるようなテキトーなことではなく、教師によるしっかりとした授業があることが前提で、さらに自律的に学習するという雰囲気を形成するために精緻な考察と実験を重ねた上の現状と拝見いたしました。