新・人は皆「自分だけは死なない」と思っている

2005年に出版されたに加筆修正して2015年に改訂・改題出版されたということです。
タイトルどおり,人間はさまざまな心理的バイアスにより「自分だけは死なない」と思っているが,災害はそんなことおかまいなしに襲ってくるという内容です。
著者は「防災アドバイザー」ということで心理学者ではありませんが,非常に具体的な内容でした。
また,「防災アドバイザー」らしく本書の後半は「心の防災袋」と称して,普段および災害時のいろいろな心得が書かれています。

色々ありますが,非常に印象に残った,阪神淡路大震災時のエピソード:

p.188
 私はそのとき,近鉄本町駅に近い天王寺のホテルで寝ていた。5時46分,突然ドーンという突き上げる強い揺れで目を覚ました。(中略)揺れはじめに思ったことは「もしや東海地震が発生したのでは」ということだった。
 いつも持ち歩いている鞄の中には懐中電灯と携帯ラジオが入っている。手探りでまずラジオを取り出しNHKに合わせた。
p.189
各地の震度・大阪,京都,奈良,岡山震度5」という地震速報を聞いて,私はとっさに「あっこれは神戸がやられた」と思った。なぜなら,神戸には神戸海洋気象台という世界有数の気象台がある。震源地が淡路島北端部といったら,神戸の喉元で起きた地震である。真っ先に出るはずの震度が出せないのは,神戸が被災したからだと思った。私はタクシーに飛び乗り,国道2号線を真っ直ぐ神戸に向かった。
(中略)
pp.189-190
 地震直後,私がラジオをイヤホンで聞きながら街を歩いていたら通りがかりの男性が声をかけてきた。「ラジオ聞こえますか」と聞くから「聞こえますよ」と言うと,その男性は私の顔を見据えて「東京はどんなんですか」と言う。最初何を言われているのかわからなかったが,これほど見渡す限り町が破壊されているのを見て,これでは日本中がやられたのかもしれないと思うのも無理はなかった。「今度の地震兵庫県南部がひどいだけで,大阪も大丈夫です。もちろん東京は心配ありません」と言うと,「それなら救援隊は来ますね」と言う。「はい,救援隊は必ず来ますよ」と言うと,男性の表情は急に明るくなった。きっとそれまで絶望のどん底にいたに違いない。情報がないということはこういうことかと思い知らされた。
(中略)
ライフラインが途絶えた被災地は情報孤立状態に陥る。その男性は,東京はどうなっているかと私に聞いたが,実際は今目の前に起きている惨状,自分が置かれている状況そのものについて,まだ正確に認識されていないように思えた。

pp.190-191
 災害地でよく出会う光景だが,災害直後はさまざまな要因の認知バイアスが働き,自分に降りかかった災いを受け入れられない(受け入れたくない)人がよく見られる。それが正確に認知されるための要件は,第三者や客観的媒体によって状況を確認したときである。本来であれば,自分の眼で見た光景や被災状況がいちばんリアルであり,間違いのない情報として認識されるはずだが,正常性バイアスなどの影響で認知されにくいのだ。
 たとえばこんなことがあった。家は潰れたが家族全員無事だったという一家のご主人は,私のイヤホンでラジオの情報を聞いて「やっぱり,本当だったんですね」と言った。恐ろしい出来事に突然遭遇した場合,もしかしたら自分は悪い夢でも見ていると思いたいのも当然かもしれない。個人だけでなく,自治体などを構成する行政職員すらそういう心理に陥る場合もある。そのため,被災情報の発信そのものが遅れる場合もある。そうした被災地,被災者の心理を予め想定し,いち早く情報が届くように,心理的孤立を防ぐ手段をきちんと構築する必要があるのだ。