第1回公認心理師試験受験・合格記。

2018年9月9日に行われた,第1回公認心理師国家試験を受験して,合格しました。
持ち帰った問題用紙と,公開された正答から自己採点した結果よりも,合格通知にあった点数は3点低かったので,答案提出前に書き直したと思った事例問題1件が,結局書き直してなかったのかもしれません。まあいずれにしても自分の結果は,合計点77%程度,そのうち1点の知識問題は80%台,3点の事例問題は70%余りの正答率でした。
自分のスペック:

  • 今回所謂Dルートで受験
  • 認定心理士および臨床心理士もち
  • なお臨床心理士指定大学院修了ではなく,ある時期の経過措置で臨床心理士受験資格を得て受験したタイプ
  • 大学院(修士)は出ています
  • ただし心理臨床から引退してほぼ10年
  • 心理臨床に限らず10年近く心理屋としての仕事は統計系以外ほとんどしておらず,心理学知識は忘却の彼方・・・?

あれやこれやが絶妙に満たされていたおかげで,大学院での履修科目単位が認定されDルートで受験できそうなことが分かったので,少しでも仕事の幅を広げることができれば!,そして過去のPSWとかSTとか初回ボーナスを期待して第1回の公認心理師試験を受けることを決意したのです。
現場経験5年という基準にはひっかからなかったので,現任者講習会は受けられなかったのですが,PSWやSTの国試では現任者講習会テキストからあれこれ出たという知見はあったので,現任者講習会テキストは割と早いうちに手に入れていました。
しかし,PSWやSTは現任者”救済?"の観点からか第1回試験は結構合格率高いという”前例”が,根拠もなく念頭にあったせいか,テキスト購入してもパラ見で全然勉強していなかったのいうのが正直なところです。
しかし,そんな私でも暑くなって来た頃・・・つまりは試験前2ヶ月を切った7月中旬頃?にはそろそろ準備始めないとな~と思うようになり,Twitterなど検索してみて初めて,世間では受験対策で奔走している人がいることに気がつきました(汗)。
とりあえずなんか知らんけど評判のいい肢別ドリルを購入し,
書籍購入 | 書籍 | 辰已法律研究所 | 公認心理師試験対策
さらには,模試なるものがあることを知り,もはや会場受験の時期は過ぎていたので,自宅受験で辰巳の模試を2回分受験してみました。
第1回目の辰巳全国公開模試では,トータル76%程度の得点率。
第2回目の同模試では,トータル71%程度の得点率でした。
・・・まあ,心理屋現役離れて10年近くとしては,割と悪くない結果とは思いましたが,そもそも初回試験は合格率が全く読めないので,何とも言えません!
過去のPSWとかSTのように,初回試験で受験者の8割くらいが合格するならば偏差値的に全然OK安全地帯なのですが,社会福祉士第1回試験のように合格率10%台なのか,それとももっと絞られるのか,全く見当がつかない状況では,模試の結果がどうであっても何も関係ないというか,分からないカオス状態です。
ということで,そもそもの安全圏が分からないので,ともかくもガリ勉してできるだけ上位にいくしかないということで,1ヶ月間何を勉強したかの記録です。

公認心理師エッセンシャルズ

公認心理師エッセンシャルズ

早いうちに出版されていたもので,現任者講習会テキストと同様に,割と早めに入手していました。
まずは1回通読しただけでも,それなりに模試で手応えがあったのはさすがと思います。
前半の心理学系各科目は見開き2ページのみでダメダメですが,第3部以降の関係行政論はコンパクトにまとまっていて,これだけで全てをカバーするとはいえなくても,我々第1回の受験者はこのあたり白紙なはずで,そこにある程度体系立った構造を注入できるという点で,まさにエッセンシャルという印象でした。
でも今後第2回の試験以降について,これだけでいけるかどうかは,ちょっと疑問ではあります。
関係行政論をがっつりやりたければ,やはり
第23巻 関係行政論 (公認心理師の基礎と実践)

第23巻 関係行政論 (公認心理師の基礎と実践)

  • 作者: 元永拓郎,大御均,林直樹,米山明,佐藤由佳利,北村尚人,渡邉悟,小野寺敦志,野島一彦,繁桝算男,黒川達雄
  • 出版社/メーカー: 遠見書房
  • 発売日: 2018/06/04
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
  • この商品を含むブログを見る
こちらをやるべきでしょう。非常によかったです。心理系の内容は臨床心理士対策関係でもカバーできますが,それでは足らない分野をきちんと補完できた印象です。
同じシリーズでは,
第1巻 公認心理師の職責 (公認心理師の基礎と実践)

第1巻 公認心理師の職責 (公認心理師の基礎と実践)

まあ基本ではあるでしょうが,現任者講習会テキストとかぶるところが結構あったなという感じです。今から科目履修する大学生さんのための本ですよね。
第2巻 心理学概論 (公認心理師の基礎と実践)

第2巻 心理学概論 (公認心理師の基礎と実践)

第3巻 臨床心理学概論 (公認心理師の基礎と実践)

第3巻 臨床心理学概論 (公認心理師の基礎と実践)

上記2点も見ましたが,どうなんだろう・・・まあこれから(科目履修・受験)の学生さんにはいいと思いますが,心理アセスメントについてはこちらの方が参考になったかなあ。
ということで,遠見書房公認心理師シリーズはなかなかいいところをついていそうだったのですが,残念ながら自分が受験時点ではその多くが未刊行なのは残念で,試験範囲=ブループリントの内容をカバーできるものとして,心理学検定の一問一答問題集はかなりなかり役に立ちました。
心理学検定 一問一答問題集[A領域編]

心理学検定 一問一答問題集[A領域編]

  • 作者: 日本心理学諸学会連合心理学検定局
  • 出版社/メーカー: 実務教育出版
  • 発売日: 2016/03/01
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
  • この商品を含むブログを見る
心理学検定 一問一答問題集[B領域編]

心理学検定 一問一答問題集[B領域編]

  • 作者: 日本心理学諸学会連合心理学検定局
  • 出版社/メーカー: 実務教育出版
  • 発売日: 2016/06/07
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
  • この商品を含むブログを見る
これが出たかどうかは別としても,心理学各分野の知識をしっかり押さえるという意味で心理学検定はいいですよ!
公認心理師試験合格した後ですが,改めて心理学検定受験→全科目合格=特1級を目指そうかという気持ちになっていますw
その他,割と早くに出版されていた
公認心理師必携 精神医療・臨床心理の知識と技法

公認心理師必携 精神医療・臨床心理の知識と技法

こちらはAmazonレビューでは賛否両論だけれども,医療分野の経験ない人にとっては医療系心理のことを概略できる点では,結構な良書だと思います。
医療系経験がある人にとっては,ふーんって感じかもしれないけど,そうでない例えば,大学生や院生にとってはいい本だと思いますよ。
ああそうそう,人気だったらしい「公認心理師必携テキスト」は私は使っておりません。理由はありません。何となくヤだったからです。

この他,PSWの精神医学系心理学系の過去問も,一度はやっておくといいかもしれません。

とりあえず,以上です。第2回試験以降のご参考になれば幸いです。

工学部ヒラノ教授の終活大作戦

工学部ヒラノ教授の終活大作戦

工学部ヒラノ教授の終活大作戦

工学部ヒラノ教授シリーズ2018年12月現在,多分最新刊です。
タイトル通り,長く闘病生活をされていた奥様を亡くされて後,ひとり自宅マンションに戻ってリタイア生活を始めたヒラノ教授の「終活」について,あれこれ書かれています。
目次を見ると,「健康対策」「遺言書」などいかにも終活らしいものと並んで「自殺計画」とか出てくるので,ドキっとさせられます。
けれどもいずれもヒラノ教授独特の飄々とした語り口は健在で,ええーっと思いながらもさらっと読んでしまいました。
ヒラノ教授に限らず,PPK(ピンピンコロリ)で,死ぬときは長患いせずサクッと逝きたいというのは,多くの人が望むところでしょう。
しかし,ヒラノ教授は養老孟司先生の『死の壁』を引用して,かならずしもPPKは望ましいものとはいえないとしています。

pp.19-20
”人間には三種類の死がある”と書かれていた。まずは一人称の死,すなわち自分の死。次は二人称の死,すなわち親族や親しい友人の死。三つ目は,自分には直接関係がない三人称の死である。
この本を読んで分かったのは,”一人称の死は,自分には認識できないので,考えてもどうにもならない。三人称の死は,自分には関係がないので考える必要はない。考えるべきことは,二人称の死だけだ”ということである。
(中略)
エンジニアたるものは,答えが存在しない問題や,自分では解けそうにない問題よりは,まず答えが出そうな問題,たとえば”自分が死んだときに,家族や親しい人たちに辛い思いをさせないためにはどうすればいいか”,を考えるべきなのだ。
この点から見れば,PPKは必ずしも望ましい死に方とは言えない。なぜなら,多くの未処理問題や大きな負債を残して突然死ぬと,残された家族が大迷惑するからである。
(中略)
この本で記すのはNNS,すなわち”望ましい二人称の死”を迎えるための,ヒラノ式終活作戦である。類書との差別化を図るため,これまでのヒラノ教授シリーズと同様,”具体的,定量的,かつ赤裸々*1に記述するよう心掛けた。

ヒラノ教授らしいです。
本書には,奥様と同じ難病で要介護5で声も失われながら,回顧録を頑張って執筆されておられる娘さんのことが出てきます。
彼女の療養費用を払い続けられるよう,平均寿命以上は生きよう,また遺言書をちゃんと書いておこうというようなことが書かれています。
しかし,「あとがき」で,本文完成後に娘さんに先立たれた旨が書かれていたのは,ショックでした。
でも大学を舞台にした小説を出版するために,まだまだ踏ん張るぞという感じでおられるのは,他人ながらほっとしております。
ヒラノ教授のオリジナル小説楽しみに待っております。


・・
・・・
ところで,何でこんなにヒラノ教授シリーズに惹かれるのかなあと思います。
ふと思い立ってヒラノ教授の本名で検索してみたら,Wikipediaに項目があり,そこに生年月日があったので,ホロスコープを作ってみると,太陽と月星座が一緒でした。
太陽と月で性格のかなりの部分が把握できるとすると,ヒラノ教授と自分はすっごく似た性格だということになります。
確かに,

  • 石橋を叩いても叩いても叩いてもなお躊躇するくらい,全方位万端の準備をして進むほどの慎重さなのに,22歳でサクッと学生結婚しちゃったり妙に大胆なところが混在
  • 情が深いのか薄いのかよく分からん対人距離のあり方(実際にはかなり義理堅い)
  • 飽くまでも定量的実用的実際的な姿勢(生活習慣等)
  • 一見にこにこしているようだけど他人からは何を考えているのか分からなそうなところ

とりとめもなく挙げてみた,ヒラノ教授シリーズからの印象,これは火の固定(獅子)と水の固定(蠍)が90度でぶつかっている結果か?と,改めて思わせられました。
月星座が一緒ということは,宿曜でも同じ「心」だし。
さらにヒラノ教授のN木星土星は合で,オーブをゆるくとると,自分のN太陽・月と,ヒラノ教授のN木星土星天王星がTスクエアを作るのです。
こりゃーヒラノ教授シリーズを読むことが自然と”修養”めくとともに,思いもしないヒントやアイディアを得られることにつながっているのかもしれないな!と思いました。
なるほどなるほど。

*1:太字箇所本文では傍点付き

工学部ヒラノ教授の中央大学奮戦記

工学部ヒラノ教授の中央大学奮戦記

工学部ヒラノ教授の中央大学奮戦記

2017年の出版です。タイトル通り、東工大を定年退職された後、中央大学に移られた頃のことを書かれています。
東工大のときと同じように、朝6時半に大学に出勤したら門が閉まっていて、開門は朝7時からというのに、ヒラノ教授びっくり。
大学敷地に入れるのが朝7時から夜11時までという、24時間オープンな国立大と違う私大のカルチャーに面食らうヒラノ教授がかわいいです。
当初は国立大と私大のカルチャーの違いに戸惑いながらも、それなりに、いやもしかすると今までの大学で一番居心地よく過ごされたのではないかと思われる述懐録でした。
中央大学でのエピソードでは「え、そこまで書いちゃっていいの??」と思うようなことまでぶっちゃけておられますが、決して中央大学をdisっておられるわけではなく、最後の職場としてかなり中央大学には愛着があり、中央大学にはもっと頑張ってもらいたいと後半は色々応援・提言されておられたのが印象的でした。

その心理臨床,大丈夫?―心理臨床実践のポイント

その心理臨床、大丈夫? 心理臨床実践のポイント

その心理臨床、大丈夫? 心理臨床実践のポイント

公認心理師」の法律が2017年に成立して,2018年9月9日に第1回国家試験が行われたわけですが,公認心理師は医療や地域福祉等の各分野において,他職種や諸組織等との「連携」が必須であると強く強く強調されています。
そのようなことを念頭に,出版された本だと拝見しました。
前半は臨床経験の浅い心理士による事例の提示と,紙上スーパービジョン,後半は心理療法の効果に関する研究レビューと,複数のアプローチを取り上げながら,心理臨床にありがちな「落とし穴」について横断的に解説されています。
若くて経験の浅い心理士だったら(あるいは過去に),心当たりがありすぎて「あちゃー」と冷や汗な内容がふんだんに含まれている印象でした。

天才とは努力を続けられる人のことであり、それには方法論がある

少し前,『東大首席・ハーバード卒NY州弁護士が実践! 誰でもできる〈完全独学〉勉強術』を読みました。
lionus.hatenablog.jp
同じ著者の他の本も少し読んでみたくなり,ご本人の最初の本らしい,本書も読んでみました。
内容がほとんど自分エピソードから構成されているのは『東大首席・・・』と同様でしたが,『東大首席』の方は7回読みメソッドが具体的に示されているのに対し,本書の方は努力をし続けるために行っている工夫集とその工夫の背後にある気持ちが,結構な熱量で書かれていました。”処女作”っぽい内容でした。
以下,本書の目次を示します。

まえがき

  • 第1章 正しい努力のための方法論

方法1 なぜ人は努力することができないのか?
方法2 不得意分野の努力はやめるべき
方法3 たった4分野の評価をすればいい
方法4 それでも苦手なことが歩み寄ってきたときは
方法5 大人になってから活きてくる「ガリ勉」
方法6 東大入試トップ成績と東大首席卒業の違い
方法7 「ミス・パーフェクト」の悲劇
方法8 まず「天才」じゃない自分に気付くこと
方法9 努力でつかんだものだけが心底誇らしいものに

  • 第2章 努力を始めるための方法論

方法10 謙虚になるということは
方法11 教本は1冊にこだわる
方法12 基本所のネット注文はNG
方法13 わからない単語も辞書を引かない
方法14 読書に手間と時間をかけないこと
方法15 毎日に小テストを仕掛けよう
方法16 ひとつの大きな成功より、たくさんの小さな成功を
方法17 努力の「8対2の法則」とは?
方法18 デスクトップは×、パスワードは〇
方法19 朝食は早めに、昼食は遅めに
方法20 朝ごはんと朝シャワー、優先すべきはどらか?

  • 第3章 努力を続けるための方法論

方法21 谷選手とお蝶夫人の名言
方法22 なぜ人は一生懸命選んだ手帳を1ヵ月で使わなくなるのか
方法23 決めたルールを守るには
方法24 努力はまわりに見せること!
方法25 お料理教室よりゴルフが正解
方法26 「自分との戦い」に持って行かない
方法27 ハードルは「質」より「量」
方法28 努力の世界も「二兎を追う者は一兎をも得ず」

  • 第4章 努力を完遂するための方法論

方法29 とりあえず早起きしてみる
方法30 「勝負スポット」を複数作る
方法31 酷使した器官を変えてみる
方法32 道具は「ひとつ」にこだわること
方法33 数字を正当に”偽造”する
方法34 ルールに「抜け道」を作る
方法35 毎晩1分間、同じことをやる
方法36 努力した自分自身を否定してはいけない
方法37 挑戦することから逃げないこと
あとがき

天才 (幻冬舎文庫)

天才 (幻冬舎文庫)

先日『同心円でいこう 田中角栄』(ミネルヴァ日本評伝選)を読みましたが、その記事をきっかけに、友人が石原慎太郎著『天才』を読んだと話してくれたので、こちらも読んでみました。
何の予備知識なく読み始めたので、これ何?と当初面喰いましたが、一人称小説なんですね。

  • 「長い後書き」より:

pp.106-108
彼が証した最も大切な基本的なことは、政治の主体者が保有する権限なるものの正当な行使がいかに重要かつ効果的かということだった。彼は政治家として保有した権限を百パーセント活用して世の中を切り開いた。
特に通産大臣として彼が行った種々の日米交渉が証すものは、彼はよい意味でのナショナリスト、つまり愛国者だったということだ。彼は雪に埋もれる裏日本の復権を目指したように、故郷への愛着と同じようにこの国にも愛着していたということだ。
アメリカのメジャーに依らぬ資源外交の展開もその典型だと思う。
そしてそれ故にアメリカの逆鱗に触れ、アメリカは策を講じたロッキード事件によって彼を葬ったのだった。私は国会議員の中で唯一人外国人記者クラブのメンバーだったが、あの事件の頃、今ではほとんど姿を消してしまった知己の、古参のアメリカ人記者が、アメリカの刑法では許される免責証言なるものがこの日本でも適用され、それへの反対尋問が許されずに終わった裁判の実態に彼等のすべてが驚き、この国の司法の在り方に疑義を示していたのを覚えている。そして当時の私もまた彼に対するアメリカの策略に洗脳された一人だったことを痛感している。
彼のような天才が政治家として復権し、未だに生きていたならと思うことが多々ある。

先日読んだ『同心円・・・』ではアメリカの”虎の尾”を踏んで陥れられた論は否定されていましたが、石原慎太郎氏はこの論に基づいて、惜しい政治家を早くに失ってしまったと惜別しています。

同心円でいこう 田中角栄(ミネルヴァ日本評伝選)

植木等 だまって俺について来い 歌詞

ぜにのないやつぁ
俺んとこへこい

http://j-lyric.net/artist/a000d73/l01db94.html

この曲を思い出しました。
まあ,植木等は続けて「俺もないけど 心配するな」と歌っているのに対し,田中角栄は「俺がやるから 心配するな」となるのでしょうが(笑)。
田中角栄こそ,まさに昭和の高度経済成長期とともに権力の階段を登りつめ,それを体現したひとりの男であったと認識した一冊でした。
最近の「田中角栄ブーム」本は読んでいませんので,それらの本で彼がどのように描かれているのか知りませんが,本書はポジティブネガティブ両面から田中角栄という政治家を丁寧に要約していると拝見しました。
私は田中角栄の”全盛期”は知らず,記憶のかなたにあるのは脳梗塞で倒れた後くらいでしたので,「コンピューター付きブルドーザー」と言われたのもなるほどと思える,驚異的な頭のキレと実行力のある政治家だったのだな~と実感できました。
本書の前半は立身出世伝と頂点に立ってからの転落,そして病に倒れた後の無念と,かなりのエンターテイメントな内容ですが,後半は,著者の考察がゴリゴリ効いていて,前半も後半も読みごたえがあります。
後半の著者考察で印象深かったものをいくつか:

  • 金で”忠誠”を買う?

p.227
角栄にとって,金を受け取った側が恩義を感じてくれなければ,無駄なのである。相手のプライドを考え,負担にならないように渡すのは,相手が確実に恩義を感じるようにするためである。プライドを傷つけると,ありがたさよりも恨みが残る。だから相手に金を「受け取っていただく」。しかも貸した金を返せとはいわない。金は経済的手段ではなく,自分の気持ち(情)を伝える手段なのである。だから見込んだ人物には,頼まれなくとも渡す。
(中略)
p228
金はいくらあっても邪魔になるものではないから,ほとんどの者は受け取る。受け取れば,角栄の気持ちを受けとったことになる。金は返さなくともいいが,恩は返さなければならない。一方的な金銭の贈与が繰り返されれば,恩返しは,忠誠となる。恒常的に金を受け取るものは角栄の家来になる。必要に応じて受け取る者は,角栄シンパとして広大な中間地帯を形成することになる。
このように田中は,皮肉にも貨幣を使って前近代的な人間関係を作り上げたのである。なぜ皮肉かといえば,もともと貨幣経済の浸透を通じて人々は前近代的な身分・地位関係から解放され,近代的な自由にして対等な市民になるといわれるのだが,田中は,貨幣が近代社会であらゆる価値と交換できるオールマイティになったことを利用して,前近代的な忠義関係を築き上げたからである。封建時代において領主は家臣に封土を与え,忠誠を得たが,田中角栄は金銭を与え,忠誠を獲得した。

  • タイトルにもある「同心円」とは

p.246
田中政治が包摂の政治であったといっても,田中に権力欲がなかったということではない。田中に強い権力への意志があったことは言を俟たない。しかし田中の考える権力とは,敵を抹殺する力ではない。田中登が,創政会立ち上げの際に田中邸に挨拶に訪れたところ,田中は「同心円でいこう」と語りかけたといわれるが,同心円こそが田中の考える政治のイメージであり,そして権力とは円の中心から放射され,円を形作るものであった。
(中略)
p.247 円としての権力は,このような境界を設定する主権ではない。むしろ,どこまでも包み込もうとする力である。権力の限界は,光源の力がそれ以上及ばないというだけのことであって,そこに排除の意図は込められていない。光源が強くなれば,それに伴い外縁も広がり,より多くを包摂する。

「同心円」の中心を「光源」と表現しているのは,なかなか巧み。

  • パターナル・デモクラシー

p.253
自由民主主義では,選挙で選ばれた代表が政治的決定を行うが,市民は決定する権利を放棄したわけではない。もし自らのプロパティ(生命・財産・権利)が代表たちの政治的決定によって侵害されたならば,市民はそれに抵抗する権利を持つ。つまり自由民主主義においては,市民は通常政治的決定を代表に委ねるが,いざとなれば抵抗し,決定権を自らに奪還する権利を留保している。したがって市民と代表の間には潜在的な緊張関係が存在する。このような緊張関係から生まれる制約こそが,代表による決定を民意を考慮した民主的なものにする。選挙だけでなく,政治の決定においても,有権者は影響力を行使することができる。
これに対して,田中の考える庶民は,自由な個人というよりは家父長によって庇護される存在である。田中の選挙民主主義は,自由主義というよりは家父長主義(パターナリズム)に基盤を置く。

しかし本書では,上記に続いて「しかし今日自由主義的といわれる国々の政治をみれば,パターナリズムの存在しない国はな」く,それは西欧では「大きな福祉国家」として実現されている,的な記述が続くのですが,なかなか面白かったです。

p.255
田中政治は,リベラル・デモクラシー(自由民主主義)というよりは,パターナル・デモクラシー(家父長的民主主義)と呼ぶのがふさわしい。

  • ポスト田中政治の行方

p..261
もちろん角栄の時代のように,情を金で表す政治はもはや通用しない。しかし手段は違っても,情を重んじる田中政治が,この国ではなお多くの人々の共感を得,愛されている。世にいう田中角栄ブームは,田中の情の政治に対する人々の郷愁に深く根ざしているとはいえまいか。
だが個人の自由を軽視して安心と安全ばかりを求めれば,そこに生まれるのは完全な監視・管理社会であり,民主主義そのものが破壊されてしまう。それが田中の望んだ社会であるとは到底思えない。過度なパターナリズムを抑制し,民主主義を擁護するためには,庶民を権利主体である市民へと彫琢し,彼らの活動=生活を充実させる支店,言い換えれば,個人の自由と自立の可能性を花開かせるような方向へと同心円の政治を発展させる必要がある。これこそがポスト田中政治には望まれるのである。田中政治の遺産を過去から現在,そして未来へと引き継ぐ一筋の道であろう。

満足に食えなきゃそもそも「権利主体である市民へと彫琢」されないし・・・
ああ。