日本のお金持ち研究
2006年(2005年度)から廃止された、高額納税者名簿掲載者を対象にしたアンケート調査をまとめたものです。研究者によるものですので、タイトルはミーハーな感じですが中身の分析はちゃんとしています。
ということで、Amazonのレビューでは当たり前のことしか書いてない的な声も見受けられますが、その当たり前なことを周辺情報(関連文献等)をひきながらきちんと数値で実証するのは大事です。
日本でお金持ちになるには、オーナー経営者か、開業医になるのが基本で、ほんのちょっと弁護士というのが、本書で示されている結論です。
そのうち、国家資格の裏付けで”稼ぐ”開業医と弁護士についての記述が、以前法律系士業の社会調査研究に携わったことのある身としては、あるあるある、わかるかわかるわかる~という感じで非常に面白かったです。
まず開業医について:
pp.30-31
医師の回答者の多くは眼科医であった。この事実をある眼科医に聞いてみたところ、近年(高額所得者の;lionus補)眼科医が増加した理由として「白内障バブル」を指摘された。
1992年から白内障手術の人工水晶体(眼内レンズ)が保険適用され、その治療を受ける患者が激増した一方、当時の白内障手術の診療報酬は高かったため、白内障手術で大儲けする「白内障バブル」が発生したとのことです。
p.31
要するに、将来の稼得所得が高くなった診療科である眼科には、多くの優秀な医者が流れ込むようになったのである。
ただ、白内障手術が儲かるっていうだけでなく、もうひとつ、開業が容易という要素もあったようです。
p.33
「美容外科」「眼科」を専門とする医師数は近年続伸しており、特に「美容外科」は著しい伸びであることがわかる。
さて「眼科」「美容外科」などの特定の診療科で高額納税者の医師が多いのには、別の意味での要因も指摘しなくてはならない。それは「開業の容易さ」である。
近年、「直美(なおみじゃなくて、ちょくび)」といって、医学部を卒業後、初期研修を終えた若手医師が美容医療に進むケースが多く話題となっているようですが、本書が出版された2005年頃にはそういったトレンドが出てきていたのですね。
次弁護士について:
本書では、高額所得弁護士を次の4タイプに分類しています。
タイプ1:有名弁護士、たいてい有名大学法学部出身者で、ある事件をきっかけに有名になったもの;顧客は、大部分が大企業や官公庁で、個人の問題ほとんど扱っていない
タイプ2:元検事の弁護士、こちらも有名大学法学部出身者が多いが、検事出身であるために、かなり特異な分野(たとえば危機管理など)のエキスパートとして企業や団体の顧問弁護士をしている
タイプ3:他の資格を併せ持つ弁護士、工学博士兼弁護士や医師兼弁護士というように、他の資格を併せ持つため、他の法学部出身の弁護士には扱えないような仕事(医療訴訟や知的所有権関連など)を扱うこととなり、時代が激しく動いている現代にあって、かなりの需要がある
4番目のタイプの弁護士は、「都市部の法律事務所に籍を置く弁護士」であるが、アンケートの回答がなかったため、実態は把握できず
pp.55-56
今回の高額所得者調査に回答された弁護士は、ほとんどが他の普通の弁護士では持たない専門分野を持った人が大半であった。やはり回答を寄せてくれた、ある弁護士などは、工学博士と弁護士資格を併せ持ち、専門は知的所有権であり、数十社の顧問弁護士をされている。わが国では、こうした専門性・独自性を持つ弁護士の数が少ないために、特定の弁護士のもとに仕事が集中する結果となっているようである。逆にいうと、専門性のない普通の弁護士は、ほとんど大企業のサラリーマンと年収が変わらないというわけである。これでは年収だけに関していえば、弁護士になるためにした苦労が報われている職業であるとは到底いえそうにない。
2005年頃でもそんな感じだったんだ~意外(普通の弁護士は世間で思われるほど儲かっていない)。
ここからが非常に辛辣ですが、2005年頃にすでに法科大学院と法曹養成、弁護士増加と需給バランスの崩れ問題を見通しているのはすごい!と思います。
p.55
日本で弁護士の置かれた経済的地位がそれほど高くない背景には、法律に対する需要がそれほどない点(需要側の問題)と、もうひとつは何よりも多彩な人材が法曹界にはほとんどいない点(供給側の問題)があるといえる。
p.57
アメリカでは法律学校は大学院相当の教育機関であるから、入学資格は大学卒業である。しかもアメリカでは学部レベルでは法学という専攻がない。そのため、アメリカの弁護士は、必然的に法律以外の専攻を少なくとも一つ持っていることになる。 もちろん、学部での専攻が直接的に法律家としての仕事に反映されるとは限らない。しかしながら、大切なことは、ロースクールでは、工学を専攻した者も、歴史や経済を専攻した者も、対等な立場で新たに法律を学ぶということである。この制度アメリカでは、多様な人材を法律家に集めるのに役立っている。
一応、日本の法科大学院もこれのまねをしたかったんだよな。
p.58
アメリカのように多様な人材を法曹界に集めるべく、我が国もその土台を固めていくべき時代に入りつつあるとして、ロースクールが構想されたことは事実であるが、年間200万円とも300万円ともいわれる授業料を3年間払ってでも弁護士になろうとする優秀な人材を数多く集められるか否かは、需要側の条件にかかっているともいえるのであろう。21世紀になり、社会はますます多様化し、情報化、環境問題、科学技術の進展などにどのように取り組むかが法律家にも求められるであろうが、一方、様々な新しい問題の解決に法律家が関与することによって生ずるコストを社会が負担する覚悟があるかという問題がある。
厳しい。
pp.58-59
今回の高額納税者調査で、日本では法律家がほとんど現れてこなかったこと、またごく少数ではあるが対象者として現れた弁護士は、みんな独自の専門性を持つ弁護士であったことは、社会の需要と法曹界の人材とのギャップがあることを示す象徴的な事実であると考えられる。しかし、一方で、法曹界以外の優秀な人材を法曹界に引きつけるほどの強い需要が社会にはないことも暗示しているのではないだろうか。とはいえ、日本日本もも今後アメリカのような訴訟社会になる兆候はある。弁護士が将来に、高額納税署名簿に多く登場する可能性はある。
最後にちょっとアゲてあるものの、まあほぼ書いてある通りになっている(ただインハウスローヤーが増えるところまでは見通せなかった模様)。
あと、弁護士の仕事が基本的に儲からない理由についても書かれていて、これは経済学の人ならではの視点で、法学の人はまず思い至らないのではと思いました。
というように、本書は俗な興味も、そして学術的視点からも非常に面白く満足できる内容であり、反響が大きかったからか続編があります。
こちらも、お金持ちはお金持ち同士で、医者は医者(の家)同士*1で結婚しているよな、という従来からの個人的な印象を裏付けする内容でしたが、会社経営者とその妻の税金対策など、税金関係のお話が非常に面白かったです。こちらは2009年発行で、高額納税者名簿が廃止された後、以前の調査対象者に再度調査を行った結果をまとめたもののようです。やはり最初の本よりは少しパワーは落ちる印象でしたが、日本における”上流階級”とはどんなものか?という考察は一読の価値があると思いました。*1:医者同士の結婚と、夫医者、妻は医者の娘というケースなど